表面自由エネルギーとは|接触角から求めるOWRK法の考え方
表面自由エネルギーとは、固体表面のエネルギー状態を表す物理量です。接触角測定では、性質の異なる複数の試液とのぬれ方から、固体表面の分散成分と極性成分を推定できます。接着や塗装、洗浄などに関わる表面状態を比較するうえで、一つの手がかりとなる評価値です。
前回は、Youngの式を起点に、接触角と固体表面の状態がどのようにつながっているのかを見てきました。しかし、Youngの式が分かれば、そのまま固体の表面自由エネルギーを計算できるわけではありません。
そこで今回は、「接触角測定から直接は得られない固体の表面自由エネルギーを、なぜ接触角から推定できるのか」をテーマにします。Young-Dupréの式、Fowkesの成分論、Owens-Wendtの考え方を順にたどりながら、最終的にOWRK法が何を計算しているのかまで、式の意味とともに整理します。
- Youngの式だけでは固体の表面自由エネルギーを求められない理由
- Fowkes理論で表面自由エネルギーを成分に分けて考える意味
- Owens-Wendtの式からOWRK法へつながる考え方
- 複数の試液による接触角測定が必要になる理由
目次
接触角だけでは表面自由エネルギーは求められない
問題は未知量が二つ残ること
前回紹介したYoungの式には、固体の表面自由エネルギー \( \gamma_S \) と、固液界面張力 \( \gamma_{SL} \) という二つの未知量が含まれています。
\gamma_S
=
\gamma_{SL}
+
\gamma_L\cos\theta
\]
接触角 \( \theta \) は測定でき、使用する液体の表面張力 \( \gamma_L \) も既知の値を使うことができます。しかし、未知量が \( \gamma_S \) と \( \gamma_{SL} \) の二つ残るため、この式だけから固体の表面自由エネルギーを一意に求めることはできません。
そこで必要になるのが、未知の固液界面張力 \( \gamma_{SL} \) を別の関係式を使って扱うことです。その手がかりになるのが、固体と液体が接触するときのエネルギー変化を表す「付着仕事」です。
Young-Dupré式は何を意味するのか
固液界面張力を付着仕事を介して扱う
Dupréは、固液界面を引き離して固体表面と液体表面をつくるために必要な単位面積当たりの仕事を、付着仕事 \( W_{SL} \) として次式のように表しました。
W_{SL}
=
\gamma_S
+
\gamma_L
–
\gamma_{SL}
\]
この式をYoungの式と組み合わせると、直接求めることが難しい \( \gamma_{SL} \) を消去できます。
その結果として得られるのが、Young-Dupréの式です。
W_{SL}
=
\gamma_L
\left(
1+\cos\theta
\right)
\]
接触角から分かるのは固体と液体の相互作用
この式によって、測定した接触角 \( \theta \) と既知の液体表面張力 \( \gamma_L \) から、固体と液体の組み合わせに対する付着仕事 \( W_{SL} \) を表せるようになります。
ここで一歩前進しましたが、まだ固体の表面自由エネルギー \( \gamma_S \) 自体を求められたわけではありません。
次に必要になるのは、この付着仕事を、固体と液体がそれぞれ持つ表面自由エネルギーから表す方法です。
なぜ表面自由エネルギーを成分に分けるのか
Fowkesは相互作用の種類に着目した
Fowkesは、表面自由エネルギーを一つの値として見るだけではなく、その背後にある分子間相互作用の種類に着目しました。
特に重要なのが、ほぼすべての分子間に働くLondon分散力に由来する成分です。表面自由エネルギーを相互作用の成分として考えることで、固体と液体の組み合わせを、単なる数値の大小ではなく、どの種類の相互作用が働いているのかという視点から捉えられるようになりました。
Owens–Wendtは分散成分と極性成分に整理した
その後、OwensとWendtはこの考え方を発展させ、表面自由エネルギーを分散成分と極性成分の二つに分けて扱いました。
\gamma_S
=
\gamma_S^d
+
\gamma_S^p
\]
ここで、\( \gamma_S \) は固体の表面自由エネルギーを表します。添字 \( d \)、\( p \) は、それぞれ分散成分、極性成分を表します。
液体側についても同様に、\( \gamma_L^d \) と \( \gamma_L^p \) に分けて考えます。
この分け方によって、固体側と液体側の同じ種類の成分を対応させ、界面での相互作用を考えられるようになります。
Owens-Wendt式で固体と液体を結びつける
同じ種類の成分同士を幾何平均で表す
表面自由エネルギーを分散成分と極性成分に分けても、それだけでは付着仕事 \( W_{SL} \) を求めることはできません。
OwensとWendtは、固体と液体の分散成分同士、極性成分同士の相互作用を、それぞれ幾何平均で表しました。
W_{SL}
=
2\sqrt{\gamma_S^d\gamma_L^d}
+
2\sqrt{\gamma_S^p\gamma_L^p}
\]
第1項は分散成分による相互作用、第2項は極性成分による相互作用を表します。それぞれの成分が大きい組み合わせほど、その項が付着仕事 \( W_{SL} \) に与える寄与も大きくなります。
つまり、固体と液体の相互作用を一つの値としてまとめて見るのではなく、その内訳を分けて扱えるようになったわけです。
Young-Dupré式と結びつける
Young-Dupré式も、Owens–Wendtの式も、同じ付着仕事 \( W_{SL} \) を表しています。
そのため、両者を等しいと置くことができます。
\gamma_L
\left(
1+\cos\theta
\right)
=
2\sqrt{\gamma_S^d\gamma_L^d}
+
2\sqrt{\gamma_S^p\gamma_L^p}
\]
ここまで来ると、接触角 \( \theta \) は測定でき、液体側の \( \gamma_L^d \) と \( \gamma_L^p \) には既知の値を用いることができます。
残る未知量は、固体側の分散成分 \( \gamma_S^d \) と極性成分 \( \gamma_S^p \) の二つです。
接触角測定から直接は得られない固体表面の性質が、接触角と既知の試液物性値を介して、二つの未知量を求める問題へ変わったことになります。
OWRK法とは|複数の試液から表面自由エネルギーを求める計算
未知量が二つなら一種類の液体では足りない
Owens–Wendtの式で残る未知量は、固体の分散成分 \( \gamma_S^d \) と極性成分 \( \gamma_S^p \) の二つです。
一種類の液体から得られる接触角は一つなので、得られる式も一本です。未知量が二つある以上、一種類の液体だけでは両者を一意に決めることはできません。
そこで、分散成分と極性成分の比率が異なる別の液体でも接触角を測定します。二種類の液体を使えば二本の式が得られ、数学的には二つの未知成分を求められるようになります。
二種類は最小条件であり、試液を増やす意味もある
二種類の液体は、二つの未知量を求めるための数学的な最小条件です。
ただし、実際の測定では接触角そのものにばらつきが含まれます。試液を増やして複数点から直線関係を評価すれば、一つひとつの測定値だけに依存せず、全体の関係から成分を推定できます。
ここで重要なのは、単に液体の数を増やすことではありません。\( \gamma_L^d \) と \( \gamma_L^p \) の比率が異なる試液を選ぶことで、固体表面の二つの成分を異なる方向から見ることができます。
直線の傾きと切片に未知成分を置き換える
Owens–Wendtの式を整理すると、一般的な直線式 \( y=ax+b \) と同じ形に変形できます。
\frac{
\gamma_L
\left(
1+\cos\theta
\right)
}{
2\sqrt{\gamma_L^d}
}
=
\sqrt{\gamma_S^p}
\sqrt{
\frac{\gamma_L^p}{\gamma_L^d}
}
+
\sqrt{\gamma_S^d}
\]
この式では、横軸に \( \sqrt{\gamma_L^p/\gamma_L^d} \)、縦軸に \( \gamma_L(1+\cos\theta)/(2\sqrt{\gamma_L^d}) \) を取ることで、複数の試液から得た測定結果を直線として扱えます。
傾きは \( \sqrt{\gamma_S^p} \)、切片は \( \sqrt{\gamma_S^d} \) に対応します。そのため、それぞれを二乗することで、固体表面の極性成分 \( \gamma_S^p \) と分散成分 \( \gamma_S^d \) を求めることができます。
つまりOWRK法では、接触角そのものを表面自由エネルギーへ直接変換しているわけではありません。性質の異なる複数の試液との接触角を使い、Owens–Wendtのモデルに基づいて固体側の成分を逆算しています。
表面自由エネルギーは材料ごとに決まった値なのか|一覧で比較できない理由
接触角から求める値はモデルを介した推定値
ここまで式を追うと、表面自由エネルギーが接触角計によって直接測定されているわけではないことが分かります。
実際に測定しているのは接触角です。その接触角と試液の既知物性値を、OWRK法というモデルに当てはめることで、固体表面の分散成分と極性成分を推定しています。
したがって、実務で接触角から求める表面自由エネルギーは、材料名称だけで一意に決まる不変の数字として扱うよりも、測定した表面状態を表す評価値として捉える必要があります。
同じ材料でも表面状態が変われば値は変わる
同じ材質であっても、洗浄、酸化、プラズマ処理、コーティング、経時変化、表面汚染などによって、最表面の状態は変化します。
接触角はその最表面と液体との相互作用を反映するため、表面状態が変われば測定値も変わります。その結果として、OWRK法から推定される分散成分や極性成分も変化します。
これは表面自由エネルギー解析の弱点ではありません。むしろ、材料内部ではなく、接着や塗装、洗浄などが実際に起こる「最表面」の変化を捉えられることに意味があります。
比較するためには測定条件を揃える必要がある
一方で、表面状態の違いを正しく比較するためには、試液、液滴量、測定までの時間、温度、測定位置、接触角の解析方法など、測定条件を揃える必要があります。
同じモデルを使っていても、入力する接触角の条件が揃っていなければ、得られた表面自由エネルギーをそのまま比較することはできません。
まとめ
OWRK法では、接触角から表面自由エネルギーを直接測定しているわけではありません。性質の異なる複数の試液で得た接触角をもとに、Owens-Wendtのモデルを介して、固体表面の分散成分と極性成分を推定しています。
接触角という観察結果から表面を読み解く
Youngの式だけでは、固体の表面自由エネルギーを求めることはできません。Young-Dupréの式によって固体と液体の相互作用を付着仕事として表し、Fowkesの成分論、さらにOwens-Wendtの考え方へ進むことで、接触角という観察結果から固体表面の分散成分と極性成分を推定する道筋が見えてきます。
ここで重要なのは、表面自由エネルギー解析が単に一つの数値を求めるための計算ではないことです。複数の液体に対するぬれ方の違いを手がかりとして、直接見ることのできない材料表面の相互作用を読み解いていく方法と考えることができます。
次に必要なのは測定条件を揃えること
一方、OWRK法に入力する接触角そのものが測定条件によって変われば、そこから推定される表面自由エネルギーも変化します。
液滴量、測定までの時間、温度、試液、測定位置、解析方法など、どの条件で接触角を得たのかを揃えなければ、異なる材料や処理前後の結果を同じ基準で比較することはできません。
つまり、理論を理解した次に必要になるのは、測定値の再現性と比較可能性をどのように確保するかという視点です。