Youngの式(ヤングの式)とは|接触角から表面自由エネルギーへ
接触角測定を学び始めると、多くの技術者が最初に出会う理論がYoungの式(ヤングの式)です。
接触角が大きい、小さい、ぬれやすい、ぬれにくい――。
こうした現象は、Youngの式によって界面張力のつり合いとして説明できます。
しかし、実際に接触角測定を研究開発や品質管理に活用しようとすると、多くの技術者が新たな疑問に直面します。接触角を測ったとして、それで材料表面の性質まで分かったと言えるのでしょうか。本記事では、Youngの式を単独の数式としてではなく、表面自由エネルギーという考え方へ発展していく流れの中で解説します。
- Youngの式が接触角理論の出発点である理由
- 接触角だけでは材料表面を評価しきれない理由
- 表面自由エネルギー、Fowkes法、Owens-Wendt法へ発展した考え方
- 接着・塗装・洗浄・表面改質に接触角測定を活用する視点
Youngの式(ヤングの式)はなぜ生まれたのか
液滴が作り出す形の理由
1805年、イギリスの科学者Thomas Young(トーマス・ヤング)は、液滴が固体表面で一定の角度を保って静止する現象を、界面張力のつり合いとして説明しました。現在では「Youngの式」と呼ばれるこの関係式は、接触角理論の出発点として広く知られています。しかし、Youngが向き合っていた問いは、接触角という数値そのものではありませんでした。
Youngの式(省略表記):
\gamma_S = \gamma_{SL} + \gamma_L \cos\theta
\]
\(\gamma_S\) :固体の表面自由エネルギー*
\(\gamma_{SL}\):固液界面自由エネルギー*
\(\gamma_L\) :液体の表面張力*
この式からは、液滴が静止している三相接触線では、界面張力の水平方向成分がつり合い、その結果として接触角 \( \theta \) が決まることが分かります。
またここで、SはSolid(固体)、LはLiquid(液体)、VはVapor(蒸気・気体)を表します。本記事では、空気中での測定を前提とし、固気界面を固体表面、液気界面を液体表面として扱うため、 \( \gamma_{SV} \) を \( \gamma_S \)、\( \gamma_{LV} \) を \( \gamma_L \) と簡略表記します。
*液体では、平衡状態における表面張力と単位面積当たりの表面自由エネルギーは数値的に等しくなります。一方、固体では、表面応力と表面自由エネルギーが一致しない場合があります。また、固液界面については、力のつり合いを説明する場合には「界面張力」、単位面積当たりのエネルギーとして扱う場合には「界面自由エネルギー」と表現されます。本記事では、固体側は「表面自由エネルギー」、液体側は「表面張力」、固液界面は文脈に応じて「固液界面張力」または「固液界面自由エネルギー」と表記します。
Youngは自然界に共通する法則として理解しようとした
「液滴は、なぜその形で静止するのか」。多くの人にとって当たり前のように見える液滴の形も、19世紀初頭の科学にとっては未解明の自然現象でした。
例えば、ガラスの上では水滴は大きく広がります。一方、ろうや油脂を含む表面では丸い形を保ちます。同じ水滴であっても、固体が変わるだけで形は変化します。Youngは、この違いを経験則ではなく、自然界に共通する法則として理解しようとしました。
このYoungの式によって、接触角という観察結果を、界面張力という物理量で説明できるようになったのです。接触角は原因ではなく、界面張力のつり合いを表した結果であることを示しています。
Youngの式は現在の表面評価理論の出発点である
このYoungの式には、前提があります。
表面が平滑で均一であり、液滴が平衡状態にある理想的な前提条件です。
しかし、実際の工業材料における現実の接触角は、Youngの式だけでは説明できない場合が少なくありません。その理由は、表面粗さや化学的不均一が存在するためです。
それでも現在の接触角の説明として“Youngの式”が多く用いられるのは、接触角という現象を説明する上で、非常に分かりやすく簡略化された数式モデルだからです。
「液滴はなぜその形になるのか」というYoungの問いは、静的接触角に始まり、平衡状態に至るまでの挙動を見る接触角の経時変化測定、動的接触角、さらには上面観測といった解析方法へと発展しています。すべては、「液滴はなぜその形になるのか」というYoungの考え方が根底にあります。
工業材料を扱う技術者が知りたいのは、液滴そのものではなく、その背後にある材料表面の状態です。それでも接触角計が用いられるのは、接触角が液体と材料表面の関係を反映した、観察可能な事実だからです。この事実を手がかりとして材料表面を読み解く方法の一つが、表面自由エネルギー解析です。
新しい表面評価理論を必要とした理由
知りたい対象は液滴から材料表面へ移った
それまで科学者が向き合っていたのは、「液滴は、なぜその形になるのか」という自然現象に対する謎でした。
一方、「この材料は接着しやすいのか」「この表面処理は十分な効果を持つのか」「洗浄によって表面状態は改善されたのか」という、材料表面の機能や性能を知ることが現実的な課題でした。
最終的な性能は、試験片を作製し、硬化させ、引張試験や剥離試験によって評価できますが、それは製品や工程の最終段階になるため、結果が思わしくなかった場合には初めからやり直しになるからです。
このため技術者が求めたのは、接着試験の前段階で材料表面の状態や接着剤とのぬれ性を評価し、接着適性をスクリーニングする方法でした。
Youngの式だけでは表面の性質が分からない
Youngの式によって、接触角は界面張力のつり合いとして説明できるようになりました。しかし、高分子材料や表面処理技術が発展すると、研究者や技術者が知りたい対象は、接触角の背後にある材料表面の性質へと移っていきます。
もう一度、Youngの式を見てみましょう。
接触角測定から得られるのは \( \theta \) です。また、液体の表面張力 \( \gamma_L \)は既知の値を利用できます。
一方、固体の表面自由エネルギー \( \gamma_S \)と固液界面自由エネルギー \( \gamma_{SL} \) は、通常の接触角測定から直接得られる値ではありません。未知量が二つ残るため、一種類の液体で得られた接触角だけでは、固体の表面自由エネルギーを一意に求めることができないのです。
そこで、既知の性質を持つ複数の液体を用い、解析モデルを介して固体表面の成分を推定する考え方が必要になります。
実表面を説明する理論が必要になった
実表面のぬれを説明するために、Youngの理論を拡張したさまざまなモデルが提案されました。
Wenzelモデルは、表面の微細な凹凸まで液体が入り込む状態を仮定し、表面粗さが見かけの接触角に与える影響を説明します。一方、Cassie–Baxterモデルは、液滴の下に空気が残り、液体が固体と空気からなる複合面に接している状態を表します。
これらのモデルによって、表面構造が接触角に与える影響を整理できるようになりました。しかし、粗さや表面構造を考慮するだけでは、材料表面と液体の間に働く化学的な相互作用までは明らかになりません。
そこで次に必要になったのが、表面自由エネルギーを、その相互作用の由来ごとに分けて考える視点です。
表面自由エネルギーを分けて考える必要性
同じ固体でも液体によって接触角は異なる
ここで重要になるのが、接触角が示す事実です。
同じ固体表面であっても、水とジヨードメタンなど、表面張力成分の異なる液体を用いれば、それぞれ異なる接触角が得られます。
Youngの式では、接触角は液体の表面張力 \( \gamma_L \)だけで決まるわけではありません。固体と液体の組み合わせによって変わる固液界面自由エネルギー \( \gamma_{SL} \)も関係しています。
そのため、表面張力が近い液体であっても、固体表面との相互作用が異なれば、接触角は異なります。この違いが、材料表面を一つの値だけではなく、相互作用の成分に分けて考える手がかりになります。
Fowkes理論の考え方
Youngの式は、固体の表面自由エネルギー、固液界面自由エネルギー、液体の表面張力によって接触角が決まる関係を表しています。これらの表面・界面に生じるエネルギーが、どのような分子間相互作用に由来するのかという問いに向き合ったのが、Frederick M. Fowkesでした。
Fowkesは、表面自由エネルギーを、界面に働く相互作用の由来ごとに分けて考えました。例えば水銀では、表面張力をLondon分散力に由来する成分と金属結合に由来する成分に分けて捉えています。さらに、非極性物質間では分散力による相互作用が支配的であり、固体と液体の分散成分間の相互作用を幾何平均によって表せると考えました。
Fowkesの研究を要約すると、下記のようになります。
表面自由エネルギーは一つではない。
↓
液体金属である水銀の表面自由エネルギーを、分散成分と金属結合成分に分ける。
↓
非極性材料では界面自由エネルギーは分散力による相互作用が支配的である。
↓
相互作用は両者の分散成分の幾何平均で表せる。
Fowkesが提示した、成分分けという視点
1964年、Fowkesが提示した、固体と液体の分散成分同士の相互作用は両者の幾何平均で表せる、という考えの式は表記が整理され、現在では次の式として知られています。
\gamma_{SL}
=
\gamma_S
+
\gamma_L
–
2\sqrt{\gamma_S^d\gamma_L^d}
\]
この考え方は、その後のOwens-Wendt法など、表面自由エネルギーを複数の成分に分けて評価する手法へと発展していきます。
理論は否定ではなく視点の拡張である
Fowkesは、非極性物質では界面に働く引力は主に分散力で決まると考え、界面自由エネルギーを分散力に基づいて表しました。その後、OwensとWendtは、この考え方を極性相互作用にも拡張し、表面自由エネルギーを分散成分と極性成分に分けて扱う手法を提案しました。
ここで重要なのは、新しい理論が古い理論を否定したわけではないということです。
同じ材料表面を、それぞれの時代に得られた知見と視点から見つめていたのです。
材料表面への理解が少しずつ深まることで、理論が発展してきました。
年表
| 年 | 提唱者 | 理論・出来事 | 概要 |
|---|---|---|---|
| 1805年 | Thomas Young | Youngの式 | 固体・液体・気体の界面状態と接触角の関係を、界面張力のつり合いとして示しました。 |
| 1869年 | Antoine Dupré | Dupréの式 | 固体と液体を引き離すために必要なエネルギーである、付着仕事の考え方を示しました。 |
| 1964年 | F. M. Fowkes | Fowkes理論 | 界面に働く引力に注目し、非極性材料では分散力が支配的であり、分散成分同士の相互作用を幾何平均で表せると提案しました。 |
| 1969年 | D. K. Owens R. C. Wendt |
Owens–Wendt法 | Fowkesの考え方を発展させ、固体の表面自由エネルギーを分散成分と極性成分に分けて推定する方法を提示しました。 |
| 1971年 | Souheng Wu | 調和平均法 | 固体と液体の成分間相互作用を、調和平均によって表す方法を提示しました。 |
| 1988年 | van Oss, Chaudhury, Good | 酸・塩基理論 | 表面自由エネルギーをLifshitz–van der Waals成分と酸・塩基成分に分け、酸・塩基成分を電子受容性と電子供与性から扱う枠組みを整理しました。 |
この先の“知”へ
接触角という事実から分かること
Youngが液滴の形を説明してから、およそ220年。
この間、接触角という測定値には、少しずつ新しい意味が加わっています。
大きく言えば、接触角は固体表面と液体とのぬれ性を示す測定値です。実際に得られる値には、固体表面の化学的性質や粗さ、液体の表面張力、液滴形状に対する重力など、複数の要因が反映されています。
ぬれという自然現象を理解するための手段に過ぎなかった接触角は、材料表面を理解するための端緒として利用されています。
静的接触角、動的接触角、接触角ヒステリシス、表面自由エネルギー解析、界面張力測定など、それぞれ異なる視点が用いられています。
さらに近年では、液滴を側面から観察するだけでなく、上面から接触線や濡れ広がりを観察することで、表面の不均一性や濡れ挙動をより詳細に評価する手法も利用されています。
深く、そして広く
Youngは、液滴がなぜその形で静止するのかという問いに向き合いました。
その後、工業材料の発展とともに研究者や技術者は、材料表面をより深く理解するための新しい視点を求めるようになります。
表面自由エネルギー、Fowkes法、Owens-Wendt法は、その問いに対する一つひとつの答えとして生まれたものです。
しかし、材料表面をめぐる探求は、そこで完結したわけではありません。
接触角ヒステリシス、動的接触角、界面張力測定、表面改質評価、さらには上面観測による接触線解析など、材料表面を理解するための視点は現在も広がり続けています。
次のコラムでは、表面自由エネルギー解析について掘り下げていきます。