コラムColumn

2026.7.20

撥水性・撥水コーティングの評価方法|用途に応じた測定法の選び方を解説

撥水性評価では、「水を弾くか」だけでなく、どのような使用環境で、どの現象を評価したいのかを先に決める必要があります。接触角が高い材料でも、水滴が表面に残る、滑落しにくい、雨滴では性能差が出にくい、といったケースは珍しくありません。

本記事では、撥水性・撥水コーティングの評価について、接触角測定、動的接触角測定、傾斜法、JIS L 1092の違いを整理します。評価したい実態から測定法と条件を逆算し、研究開発や品質管理で再現性のある評価環境を構築する考え方を解説します。


この記事でわかること
  • 撥水性評価で接触角だけでは不十分になる理由
  • 接触角・動的接触角・傾斜法・JIS L 1092が評価している現象の違い
  • 拡張・収縮法と傾斜法で得られる前進角・後退角の意味合いの違い
  • 実態に近い評価を行うための測定条件設定の考え方


なぜ撥水性評価は目的に応じて変える必要があるのか

接触角測定の種類

撥水性とは「水を弾くこと」だけでは定義できない

撥水性という言葉は広く使われますが、実務で評価したい現象は一つではありません。水滴が表面に広がりにくいこと、傾けたときに水滴が動き出しやすいこと、雨滴を受けても濡れ残りが少ないこと、洗浄や摩耗後にも性能が維持されることは、いずれも異なる評価対象です。

そのため、撥水性評価では最初に「何を知りたいのか」を決める必要があります。初期の表面状態を比較したいなら接触角、液滴の動きや残りやすさを見たいなら動的接触角や傾斜法、繊維製品の雨滴に対するはっ水性を見たいならJIS L 1092が候補になります。


接触角は界面張力バランスの結果である

接触角は、固体、液体、気体の三相が接する位置で決まる角度です。理想的に平滑で化学的に均一な表面では、接触角はYoungの式(次式)で表される界面張力のつり合いとして理解できます。

\[
\gamma_S
=
\gamma_{SL}
+
\gamma_L
\cos\theta
\]

この式が示す重要点は、接触角が「撥水性の原因」ではなく、界面張力バランスの結果であることです。したがって、接触角が大きいことは水が広がりにくい傾向を示しますが、水滴が実際に転がるか、表面に残るか、雨滴に対してどう振る舞うかまでは分かりません。


実態に近い評価では測定法を使い分ける

撥水コーティングの評価では、「接触角が高いか」だけでなく、「液滴が動くか」「残液が少ないか」「雨滴を受けたときに濡れ広がらないか」まで見る必要があります。特に防汚、滑水、離型、洗浄性のように液滴の移動が性能に関わる用途では、静的な接触角だけでは情報が足りません。

拡張・収縮法では、液滴の体積変化に伴う前進角と後退角を評価できます。一方、傾斜法では、液滴が傾斜面で動き出す条件や、滑落判定時の前進角・後退角を確認できます。同じ動的ぬれ性に関わる評価でも、見ている現象が異なるため、目的に合わせた選定が必要です。

撥水性評価では何を測定しているのか

はっ水度試験(スプレー試験)

知りたいこと 測定方法 取得できる主な情報 評価対象
表面のぬれやすさ 接触角測定 接触角 静的なぬれ性
表面状態の不均一性の評価 拡張・収縮法 前進角・後退角・接触角ヒステリシス 接触線の前進・後退挙動
水滴の動きやすさ 傾斜法 滑落角・滑落時の前進角・後退角・付着エネルギー(除去性) 液滴全体の移動性・速度
繊維製品のはっ水性 JIS L 1092 はっ水度試験(スプレー試験) はっ水度 水滴付着後の試験片表面のぬれ状態

接触角測定は初期ぬれ性の比較に適している

接触角測定は、表面に液滴を置き、所定時間後のぬれ状態を評価する方法です。撥水コーティングの有無、表面処理や洗浄の前後など、条件間の初期ぬれ性を比較するうえで有効です。液量、液体の種類、滴下後の測定時間、温湿度、表面状態などの条件を統一すれば、品質管理にも利用しやすい数値指標となります。

一方、静的接触角が示すのは、液滴を置いてから所定時間後における見かけのぬれ状態です。接触角を連続的に測定すれば、液滴の広がり、蒸発、表面への吸収などに伴う経時変化も確認できます。しかし、水滴の移動しやすさ、残液の除去しやすさ、雨滴を受けた際の濡れ残りは、静的接触角だけでは十分に評価できません。これらについては、前進・後退接触角、接触角ヒステリシス、滑落角、滑落挙動、あるいは実使用条件を模擬した散水試験などを目的に応じて併用する必要があります。

拡張・収縮法は接触線の前進・後退挙動を評価する

拡張・収縮法では、液滴を吐出して広げる過程と、吸引して小さくする過程を自動制御し、動的前進接触角と動的後退接触角を求めます。前進接触角は液滴が未ぬれ面へ進むときの角度、後退接触角はぬれた面から液滴が後退するときの角度です。

前進接触角と後退接触角の差が接触角ヒステリシス*です。ヒステリシスが大きい場合、表面粗さ、化学的不均一、微細構造、コーティングむらなどに起因する接触線ピニングが強い可能性を示します。

*ISO 19403-6では、液滴体積の増加時に測定する角度を「動的前進接触角(dynamic advancing contact angle)」、体積の減少時に測定する角度を「動的後退接触角(dynamic receding contact angle)」としています。本記事では、それぞれ「前進接触角」「後退接触角」と略記します。

傾斜法は液滴が動き始める条件を見る

傾斜法では、試料を傾けながら液滴が動き始める角度を評価します。これは単なる接触角ではなく、重力によって液滴が動こうとする力と、表面に留まろうとする抵抗のつり合いを見ている評価です。

滑落判定時には、液滴の前側と後側で角度が異なります。そのため、傾斜測定では滑落角だけでなく、滑落判定時の前進角・後退角も重要です。さらに除去性評価では、滑落速度や滑落距離といった、液滴が動く指標によって評価できます。


JIS L 1092のスプレー試験は繊維製品のはっ水性評価に適している

JIS L 1092のはっ水度試験(図参照:スプレー試験)は、主に繊維製品に対して雨滴のような水のかかり方を想定する評価です。実使用に近い試験である一方、個別の液滴(水滴)の状態を評価しないため、接触角のように連続した測定値を用いて細かな差を定量比較する用途には向きません。

繊維製品では「JIS L 1092」の試験(目視評価)が有効ですが、フィルム・ガラス・樹脂・電子材料などの撥水コーティングではより詳細な評価が求められます。このため後者では、接触角測定や動的評価を組み合わせることで、表面状態を定量的に評価することになります。

動的ぬれ性評価では拡張・収縮法と傾斜法をどう使い分けるか


前進角・後退角という共通の指標を用いていても、拡張・収縮法と傾斜法では液滴を動かす原理が異なります。そのため、得られた結果は同じ意味を持つものではなく、評価したい現象に応じて使い分けることが重要です。

比較項目 拡張・収縮法 傾斜法
液滴の動かし方 液滴の体積を変化させる 試料を傾斜させる
主な評価項目 前進接触角・後退接触角・接触角ヒステリシス 滑落角・滑落時の前進接触角・後退接触角・付着エネルギー(除去性)
評価対象 接触線の移動しやすさ 液滴全体の移動挙動
適した用途 表面処理・表面改質の評価 滑水性・防汚性・セルフクリーニング性の評価

前進接触角・後退接触角でも測定原理は異なる

拡張・収縮法と傾斜法では、いずれも液滴の運動に伴う角度を扱います。しかし、液滴を動かす方法が異なるため、測定結果が意味する内容も異なります。

拡張・収縮法では、ディスペンサから液を吐出・吸引させながら前進接触角・後退接触角を評価します。
一方、傾斜法では液滴の体積を一定に保ち、試料を傾けることで重力によって液滴が動く角度を求めます。そのため、両者は同じ動的ぬれ性評価でも、評価している現象が異なります。

拡張・収縮法は表面状態の変化を捉えやすい

拡張・収縮法では、液滴の吐出・吸引を自動制御し、前進接触角・後退接触角および接触角ヒステリシスを算出できます。表面処理条件やコーティング条件を変更した試料について、液滴量、吐出・吸引速度、測定位置などの条件を統一することで、表面状態の差を定量的に比較できます。

傾斜法では実際の液滴挙動を観察できる

傾斜法では、液滴が滑落する瞬間の前進角・後退角だけでなく、滑落角や除去性も評価できます。除去性評価では、液滴がどのような速度で移動し、どの程度表面から除去されるかを確認できるため、防汚性や滑水性の評価に有効です。

さらに、傾斜測定と上面観測を組み合わせることで、液滴の移動方向や濡れ広がりの偏り、滑落時の変形などを二次元的に観察できます。側面からの接触角だけでは把握しにくい現象を可視化でき、新たな知見につながる可能性があります。

評価方法は「知りたい現象」から選択する

「動的ぬれ性を評価したい」という目的だけでは、測定方法は決まりません。接触線の前進・後退挙動を評価したいのであれば拡張・収縮法、液滴が実際に動く様子や滑水性を評価したいのであれば傾斜法が適しています。

いずれも液滴の運動に伴う角度ですが、液滴を動かす原理が異なるため、得られた数値を同じ意味で比較することはできません。

実態に近い評価を行うためには測定条件の設定が重要


評価方法が適切でも、測定条件が統一されていなければ結果を比較することはできません。実態に近い評価を行うには、測定方法だけでなく測定条件も評価対象に合わせて設定し、継続的に管理することが重要です。

測定条件が異なる結果は比較評価に注意が必要

接触角測定や動的ぬれ性評価では、液滴量、使用する液体、液滴を滴下してから測定するまでの時間、温湿度などの条件が測定結果へ影響します。また、拡張・収縮法では吐出・吸引速度、傾斜法では傾斜速度や滑落判定条件も評価結果に関係します。

これらの条件が異なる状態で取得したデータを単純に比較すると、試料そのものの違いではなく、測定条件の違いを比較してしまう可能性があります。

実現可能な範囲で条件をそろえ、それでも異なる条件で測定せざるを得なかった場合には、条件の違いに留意して結果を扱わなければなりません。

評価目的に応じて測定条件を決める

測定条件に「正解」はありません。重要なのは、評価したい現象に合わせて条件を決め、その条件を維持することです。例えば、研究開発では材料間の差を明確に比較できる条件、品質管理では日常的な変化を安定して監視できる条件が求められます。

また、撥水コーティングでは、施工直後だけでなく、耐久試験後や洗浄後など、評価タイミングを統一することも再現性を確保するための重要な要素です。

継続的な評価では測定条件を自社で管理することが重要

研究開発や品質管理では、評価条件を継続的に管理し、同じ条件で繰り返し測定できる環境が求められます。評価方法だけでなく、測定条件まで含めて標準化することで、担当者や測定時期が変わっても比較可能なデータを蓄積できます。

評価目的に応じて測定条件を設定し、その条件を維持しながら継続的に評価を行うことが、実態に即した撥水性評価につながります。

まとめ


撥水性評価では、最初に「何を評価したいのか」を明確にし、その目的に適した測定方法と測定条件を設定することが重要です。接触角だけではなく、動的ぬれ性や実使用環境を考慮した評価を組み合わせることで、より実態に近い評価が可能になります。

評価方法は目的から選択する

接触角測定は、表面の初期ぬれ性を比較するための有効な手法です。一方で、水滴が実際にどのように動くかを評価したい場合には、拡張・収縮法や傾斜法などの動的ぬれ性評価が適しています。また、繊維製品ではJIS L 1092の**はっ水度試験(スプレー試験)**のような実使用を想定した評価も重要です。

つまり、「撥水性を評価する」という目的だけでは測定方法は決まりません。知りたい現象に応じて適切な評価方法を選択することが、信頼性の高いデータ取得につながります。

測定条件の標準化が評価の信頼性を高める

評価方法を適切に選択しても、測定条件が統一されていなければ、試料間の違いと測定条件の違いを区別することはできません。液滴量や測定タイミング、傾斜速度などの条件を管理し、同じ条件で継続的に評価することが再現性の確保につながります。

研究開発や品質管理では、評価方法と測定条件をセットで設定・管理することが重要です。そのような評価環境を構築することで、材料やコーティングの性能変化を継続的かつ定量的に把握しやすくなります。

               コラム一覧へ戻る